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2007年11月17日土曜日

ならたび4 明日香の素敵なカフェとどんでん返し編

さて、ならたび日記 ver.明日香もいよいよ最終回☆

鬼の雪隠→鬼の俎→亀石→橘寺→石舞台古墳→岡寺→飛鳥寺とチャリで駆けまわってですな、結構な距離だったのですが、意外なほどしんどくもなく、相方さんの風邪もどうやら悪化することなく、無事に全行程を終えたわけです。

ほ~んとに景色がよくってね、心は晴れやかになりますね。
あとこれで、素敵なお店があったらなあ、って思っていたのですよ。
むやみやたらにお店がないのが明日香のいいところですが、石舞台古墳の横にあった飲食店は、それなりにキレイなのですが、なんか行政が運営しているっぽい、軽食から喫茶まで定番メニューを揃えましたってかんじのお店で、これは食指が動かず。

まあ、場所が場所なので、そういうのは諦めていたのですが、飛鳥寺を出て帰路につこうとしていたときにですな、なかなか素敵なお店を見つけたのですよ。



ひょうひょう、
という名前のお店なのですが、名前のとおりひょうひょうとしたかんじで、いい味を出してましてね(笑) 外観を見ただけで、相方さんと2人してチャリを降りて、フラフラと入ってしまいましたね。

築100年の町屋カフェ。
身体に美味しいお昼ごはん。
作家さんの手づくり作品。

なんてキーワードがすぐに浮かんでくるのですが、オレ的にはそういうことはどうでもよくて、畳が敷いてあってペタって座れて…、というか、なかに入ってみると。ほとんど家ですわ~(笑) オレ、こーゆーお店は大好きです☆



すごい生活感がありましてですね、写真の左側にある2階へ上る階段は、ここの家族が住んでらっしゃる部屋に直結してましたから(笑)
店員さんというか、オーナーさんのおかあさんは、文字通りひょうひょうとしていて、つかず離れずのいい距離で接客してくれて、言うことなしです。
禁煙のお店だったんですが、お客が誰もいなかったってこともあって、窓際の席で、窓(普通にベランダっぽいサッシの窓ですが。笑)を開けて、そこで煙草を吸ってました。子供らが灰皿を持ってきてくれましたですよ。

チャイを注文して、ずいぶんとほっこりしてました。
明日香の最後に、こんな店に遭遇するなんてね! 近ければ、絶対に通うのに!って思ってしまいました。



さて、ホッコリする景色もお寺さんもカフェもなにもかもよかった明日香をあとにするべくですな、駅に向かってチャリを走らせていたら…、途中、ダメ押しのコスモス畑☆ 今年はコスモス畑を見てなかったので、名残のコスモスとなりました☆ ここらあたり、まだ収穫していないところが多かったです~。



さてさて、いよいよ本当にこれが最後、あと10分もチャリを走らせれば駅です。
道もガラガラだし、チャリをぶんぶん走らせていたらですな、オレの隣で、ガッシャーン☆ってすごい音が。

相方さん、チャリで転んで、大クラッシュですがな!
こんなかんじ(笑)







ちょうど、ジジババのハイキング集団の目のまえですっ転んでましたがな~。
車道を走っていて、歩道に車線変更しようとしたときに、ほら、車道と歩道の境目って軽くスロープにはなってますけれども、若干の段差があって、シームレスになってないじゃないですか。そこの段差に足を取られて、大転倒ですよ…。
しゃーないから、転がったチャリを起こしてですな、うずくまってる相方さんを見舞うと…、足を押さえて、痛い!痛い!恥ずかしい!痛い!恥ずかしい!と。。。

ジジババの目のまえですっ転んだので恥ずかしいらしいのですが、ま、そんなことはどうでもよろしい。
それよか、足ですよ、足。
見たところ、右足以外の外傷はないのですが、その右足も特段外傷はなく、単なる打撲だろうからすぐに痛みはおさまるんじゃないか?って思っていたのですがね。骨折しているかんじでもないし。。
でも、かーなりひつこく痛がっているので、痛みの感触を聞いてみると、どうやら、靭帯を痛めたっぽいですね。要するに、チャリで転けたときに足を強烈にひねって、重度の捻挫。
これ、オレが去年のGWにやったのとおんなじ症状ではないですか…。歩けないんですよね。ま、そんときは相方さんはオレを見て笑ってましたが…。

最後の最後で、これです~。

最後とはいえ、まだ飛鳥駅まではチャリで10分程度走らなければならないし、最後にちょっとした坂があったのですよ~。
もうね、這々の体で駅までついて、駅からも肩を抱えてそろ~りそろ~り。
ちなみにこっから相方さんの家までは、なかなか遠い(笑)
3回くらい電車を乗り継いで、最後はバスですからね。ま、最後のバスは諦めてタクシーで帰りましたが。。

そんなわけで、天気問題と風邪にはじまって、最後は、チャリで転んで捻挫→現在、松葉杖生活、と(笑)
そういう旅と相成りました~。

オレんときは病院に行かずに無理して仕事したので3ヶ月以上かかりましたけれども、相方さんはちゃんと病院に行ったみたいで、完全復帰までには1ヶ月くらいかかるらしいです~。これで今年の紅葉はアウトっぽいですなっ!
ま、しばらくはのんびりしなはれ、ということですな。

あ、松葉杖姿の写真を送ってこないので、こちらは参考写真。靭帯を痛めるほどの重度の捻挫は、こんなふうに体液がそこに充満して、テニスボールくらいのコブが出来上がって腫れまくります~。




またしても、明日香出身の、オレと相方さんの縁を取り持ったミュージシャン、家根嘉のライブです~。

本日の1枚:
『Black Coral』
Yaneka

2007年11月16日金曜日

ならたび3 明日香のお寺さん編

ならたび日記、まだ続きます(笑)
鬼の雪隠、鬼の俎、亀石とまわって、聖徳太子生誕の地である橘寺にてやっとお寺さん巡りらしくなってきたわけですが、次に向かった先は、石舞台古墳。

こいつは、さすがに蘇我馬子の墓だけあって、変哲な石ではすまない代物ですな☆
山のなかに突如として開けた広大な広場の真ん中にこいつはありまして、まさに、舞台といった趣です。
修学旅行生やら家族連れやらが、シートを広げてご飯を食べたり、遊んだり、気持ちのいい時間を過ごしてはりましたわ。
オレと相方さんも、ここでお昼ご飯。
相方さん、食後すぐに寝てましたけれどもね(笑)



すすきがたくさん風になびいていて、ひろびろとしていて、絶好のお昼ご飯スポットですよ☆



石舞台古墳は、こんなのです。あたりまえですけれども、歴史の教科書でさんざん見たのとおんなじ、例のやつです(笑)



この石組みの下に、四方10mくらいの地下室がありまして、そこに棺が納まっていたらしいのですね。ま、墓荒らしに遭ってますから棺自体はなくなっていて、文献から蘇我馬子の墓らしいということがわかっているって話ですが。
しかし、この下に地下室があるなんてことは、教科書には書いてなかったような…。

飛鳥時代というのは後期古墳時代と重なっているのですが、最大派閥を誇った豪族の長の墓とはいえ、皇室関係者じゃないせいか、仁徳天皇陵みたいなでっかい古墳ではないのですね。
政治的な理由からとはいえ、日本に仏教を広めた功労者だし、聖徳太子の後見人でもあったわけだから、もっとでっかい墓か菩提寺みたいなお寺さんがあってもよさそうなものですが、ない。これだけ。
彼の死後すぐに勃発したクーデター、大化の改新で蘇我氏一族は根絶やしにされてますから、そういうことも影響しているのでしょうね。

ときの権勢者というのは、後年の権勢者によって否定されるのが常ですが、なんか、兵(つわもの)どもの夢の跡ってかんじで、無常さを感じますですよ。

さて、腹ごしらえもすんで、次に向かった先は、岡寺。
山のてっぺんにありまして、途中、心臓破りの坂があり、チャリではかなりしんどいところをフーフー言いながら登っていった挙げ句に、最後は、坂が急すぎてチャリが禁止となってましたわ…。
ったく、どうして山寺というのは、どこもかしこも険しいところにあるのか…(笑)
でも、高いところまで登った甲斐あって、景色がよくてですね、明日香の山里が一望ですよ☆



ここはいいお寺さんでした。
梅に桜にシャクナゲにサツキにツツジ、アジサイに芙蓉にムクゲ、紅葉と、1年を通じて花が咲き乱れる花寺ですね。こんときは、紅葉が間近まで迫ってました。

それに、本堂の屋根のかたちがいいです☆
正面の曲線がね、たまりません(笑)



三重塔も、気品があります☆



本堂にある如意輪観音像がタダモノではないと思っていたら、東大寺の大仏と並んで、奈良の三大仏ですと。もちろん、重文指定。
んで、本堂まで来て初めて、相方さんが、ここは来たことがある!と。
相方さんは3年くらい前に一瞬だけツアコンのバイトをしてまして、そんときに来たんですと。本堂を見て、初めてそのことに気がついたんだとか(笑)

ちなみに、ここは日本で最初の厄除霊場でもありまして、西国三十三ヶ所観音霊場の第7番札所でもあります。
相方さん、御朱印帳を買ってはりましたわ(笑)
オレと一緒にお寺さん巡りをするようになって、どーせなら!ってことで、御朱印を集めたい!と思うようになったらしいのですね。
ほいで、このお寺さんは再訪するのがなかなか厳しいお寺さんでもあるので、ここで御朱印帳を買って、このお寺さんの御朱印を押してもらわなければ、次にいつ来れるかわからん!と思い立ってですね、めでたくご購入ですよ。
なんか、オレよりものめり込んではります(笑)
そのくせに、行ったことのあるお寺さんの名前とか、全然覚えないんですけれどもね。

オレは、御朱印にはそれほど興味がなくて、こいつを集め出すと、コンプリートするためにお寺さん巡りの数を無理矢理こなしそうな気がして、というか、自分の性格上、きっとそうなるであろうことが読めていて、お寺さん巡りくらいは野望も邪心も抜きでのんびりやりたいなあと思っているので、オレはなんもなしで。
だいたい、写真だって、以前は撮ってなかったんですが、最近になって記録に残すことを決めたので、それでなくても、写真を撮るという作業が加わっているので、これ以上、御朱印帳なんてのが加わると、忙しくて仕方ありません。

ま、御朱印帳はともかくとしてですな、鐘でも撞いて、煩悩を滅してくだされ、と(笑)



さて、最後に向かった先は、飛鳥寺。

こここそが、日本最古の寺院。もともとは元興寺と呼ばれてまして、奈良に都、平城京が出来たときに、元興寺はそちらに移築。そして、この地には新たに飛鳥寺を建てたわけです。奈良市内にある現在の元興寺には、かつてこの地にあった名残の屋根瓦がありますわ。

ここには、現存する日本製の最古の仏像、飛鳥大仏がいらっしゃいます。
鞍作鳥(くらつくりのとり)がつくったとされていて、彼は渡来人ですから、この時代の百済、つまりコリアン文化が色濃く残っている大仏さんですね。
仏像については、平安時代に仏師定朝が家内制手工業による仏像製作のシステムを確立させ、以後、産業として成り立ち、後年に運慶や快慶といった大天才が生まれるのですが、鞍作鳥がつくっていたころの大仏製作は、産業以前の、まさに、宗教イコンをつくるためだけにつくられたものですから、少なくとも、金銭的な邪心を交えることなくつくられた数少ない仏像ということにもなります。

金銭的な欲望や名声の欲望もモノヅクリの立派な動機となりますから(事実、そうした動機も加わることによって、傑作と呼ばれる仏像は生まれてきました)、それらすべてが邪心だという気はまったくないですけれども、今の時代にあって、そうした動機がまったくない環境でつくられるものなどまずないのだから、その意味でも、この大仏さんは貴重ですね。

これが、飛鳥大仏。ブロンズ製です。ただし、何度も修復が繰り返され、全部が全部、当時のままというわけではないですけれども。




眼がアーモンド型をしていたり、一般的な仏像とはかなり趣が違いますが、日本に入ってきたころの仏さんというのは、こういうかたちをしていたのですね。パンチパーマも、心なしかシブいです(笑)
仏像というのは、要するにフィギュアですから、その作者の美意識が反映されるだろうし、当時、このお顔は、かなりいけている顔だったのでしょうね☆

さてこれで、明日香の遺跡&お寺さん巡りも終わり。
あとは帰路につくのみなのですが、ま、いろいろあったのですよ~。
続きは明日の日記、「ならたび カフェ&どんでん返し編」へ(笑)
次回、最終回です~。

本日はですね、明日香出身で、オレと相方さんが出会う縁となった大切な友人、家根嘉のライブを。

本日の1枚:
『Roofsession』
Yaneka

2007年11月15日木曜日

ならたび2 明日香チャリ巡り 風景編

えーっと、ならたびの続き。

相方さん、前日に風邪引いて、当日に生理になって、雨もキッチリ降らせてくれて、ぱなぬふぁさんの蚤の市を楽しんで、その後に場所を奈良倶楽部に移して、ぱなぬふぁさんとgoutさんと相方さんとオレとでお茶タイムして、不思議な縁ですなあ、と、しみじみ思ったのが前日の日記。

奈良倶楽部で出された晩ゴハンはフルコースの肉も魚もあるという大盤振る舞いでして、相方さんならずともご飯をおかわりする気持ちはわからんでもないのですが、ま、相方さんも例に漏れずおかわりしてはりまして、三段腹になっておりました~(笑)
そんな腹では普通のツインに収まりきらんとご配慮してくださったgoutさんが用意してくれた部屋は、なんと4人部屋ですよ☆ オレと相方さんの2人で、ベッド4つの部屋を占領! おかげで相方さんの三段腹も問題なく収まり…(笑)

えーっと、こんなところで詳しい記述をしていたら、いつまでたっても終わらんので、次行きます!

さて翌朝、晴男のオレの努力もやっと実り、見上げれば青空☆
相方さんの体調と相談しながらだったのですが、結局ですな、当初の目的通り、明日香へと向かったのでした。

明日香は、奈良市内よりもグーンと南にありまして、奈良の中央部に位置するところ。
日本に中央集権的な国家が最初に誕生した地ですな。俗にいう、飛鳥時代の舞台です。聖徳太子が活躍したころの、聖徳太子が生まれた地でもあります。
明日香と飛鳥、なんでふたつの漢字があるのかも、どのように使い分けているのかもオレは知らないのですが…、えーっと、誰か教えてください。。。
四方を山に囲まれた山里でして、日本で唯一の村全域が保存の対象になっている地域ですから、多くの人にとっては懐かしい風景が広がっています。
そこをね、チャリで散策するんです~。

奈良倶楽部を9時半には出発して、飛鳥に到着したのは、11時ですよ。遠い遠い!
近鉄飛鳥駅前には、レンタサイクル屋さんが軒を連ねておりまして、早速、チャリをレンタル。
相方さん、風邪がどうなってるのかわかりませんが、やる気満々です(笑)



地図とにらめっこして、今回向かったのは、
鬼の雪隠→鬼の俎→亀石→橘寺→石舞台古墳→岡寺→飛鳥寺
全行程10kmくらいですかね。

奈良時代よりも古い時代ですから、お寺さんというよりも、古墳のようなものが多いですね。
まあ、個人的には古墳は古すぎて興味がわかないんですが、一応、チェックポイントになっているところは、まわってみました。

鬼の雪隠&俎。
凹凸の石がセットになってるようなものなんですが、どうやら、大化の改新の翌年に天智天皇の第1皇子で持統天皇の実弟・建王と、建王の祖母・斉明天皇が合葬された可能性が高いらしい。
でも、見た目は、巨大な石の凹と凸なのですよ~。
形状から伝わるお話が、鬼が霧を降らせ迷った旅人を「鬼のまないた」のうえで料理し、腹いっぱいになったところで鬼の雪隠で用を足した、とか。そっから名前がついているらしいのですが、ああそうですか、としか、言いようがなくて…。

続いて向かった亀石もですな、重さ40トンばかしの花崗岩なのですが、亀に似ているとかなんとか…。
これまた、ああそうですか以外の感想がなく(笑) だって、変哲のない石なんだもん!

なので、このへん、写真すらありません(笑)

それよりもやっぱ、風景ですね、風景☆
のどかで気持ちのいい風景が広がっているのですよ。





ところどころに素朴なお地蔵さんがありましてね。
もちろん、山里であって原生林ではないですから、それこそ1300年以上のむかしから手入れがされてきている風景なのですが、手入れの仕方が、1300年前のまんまだってのがね、素敵ですよ。
この風景、1300年前となんら変わっていない風景です。
自然を征服し、人間の意のままにするのではなく、自然と人間がいいバランスで共存出来るポイントはここしかないだろ?と言いたげな、風景です。

奈良はね、以前にも書きましたが、どこそこの寺がいいとか、そういうこともありますが、それよりもなによりも、風景に企みがないのがね、オレは好きです。
これ見よがしな小賢しさ、あらかじめ決められていて外れることを許されないルート、そういうものが、奈良の風景には、ないのですよ。
京都にはつくり込んだ人工美のよさがありますが、奈良は、つくり込む以前の、まだ野心も野望もない、人間が無心に素朴に生きていたころの風景が広がっているような気がします。

柿がたくさん成ってましてね。ここは、本当に柿が多い。
柿は、日本人の甘さの味覚の基準となっている果物ですが、その柿が明日香にはたくさんあって、この時代から柿を食べてきたからこそ、日本人は柿を甘さの基準としているのだな、と、納得させられました。



天気も絶好のチャリ日和で。



田んぼの風景も都会育ちのオレにはすごく久しぶりで。



そういう風景をずーっと眺めながら、最初向かったお寺さんは、橘寺。
聖徳太子がこの地で生まれましてね、後に、聖徳太子自身が建立したと言われているお寺さんです。
このお寺の近くにあった、馬屋で生まれたから、厩戸皇子。





橘とはみかんの原種ですが、なんとかというオッサンが、天皇の命を受けて不老長寿の薬を求めて持ち帰った橘の種をまいたことから、その名がついたとか。

鎌倉時代に天台宗に鞍替えしてまして、そのせいでご本尊は如意輪観世音菩薩坐像なのですが、これがまた、優雅に片膝を建てて座ってらっしゃるのですよ~。いやいや、国宝にこそなっていないようですが、なかなかいい仏さんでね、オレはかなり気に入りました。
明日香に来てまで、仏像の奈良、庭の京都を実感させられるとは!

その他、聖徳太子関係としては、往生院に聖徳太子像がありましたな。
それと、「日本仏法最初」の文字も。
適度な大きさの境内は、なかなか気持ちよくて、ここもいいお寺さんです。




ああ、もっと書いていたいのですが、今、仕事に追われてまして、今日のところはここまで。